課長にもの申す。
2001年10月11日今日、会社に提出するレポートがあった。
課題は、社内業務における改善策。
前前から課長に提出しておいたんだけど、
昨日になって、直前のだめだし。
しかも、レポートとは、という根本の部分からのだめだしで、
レポートは根底からやりなおし。
同期もいっしょ。
しかも、同期は帰国子女だから、
日本語が、課長に言わせると間違っている(?)らしく、
言葉の使い方のだめだし。
一文一文じっくり見られ、
この単語はどう言いかえられるのか、ということを
延々言われたそう。
同期は帰国子女で、英語がぺらぺら。
しかも、発想もかたくるしくなく、実に柔軟。
そういう部分をかっている様子は課長には全く見られず、
むしろ日本語がおかしい、とか
漢字読めるの?といった半分差別のような考えを
課長は持っている気がする。
同期の個性をつぶしてしまっていると思う。
確かに、損保の一般職で、事故を解決する仕事には、
帰国子女の持つ、英語が話せる能力や、
フレキシブルな発想はあまり直接的には関係ないかも。
はっきり、端的に物事を話す姿勢は、仕事に多いに役立っているとは思うけれど。
とにかく、課長はだめだしばかり。
部下をつぶす。
鞭だらけで飴なし。
もっと、優秀な人を上手に使うことができないのか。
そんな課長は、なぜか出世頭なんだって。
周りの人達は、今までになく厳しい課長って。
みんな嫌ってる。
私の会社、世間的には一流の大きな会社なんだけれど、
課長の古臭い、画一的な発想にはうんざり。
だって、レポートなんて、
各個人の意見、書式で個性を重んじて書くべきと思う。
周りの人と同じように、という発想で書くものじゃない。
課長のだめだしは、私と同期のレポートを根本からだめだしし、
言葉の使い方から見なおすようにとのことだった。
構成も全く違うものに、との要求。
会社は、決して課長の書式、発想、言葉でのレポートを望んでいるのではないと思う。
もしも、そうならば、管理職にレポート作成を課しているだろう。
あえて、入社2年目の新人にレポートを課しているということは、
もちろん勉強のためでもあるわけだとは思うけれども、
新人ならではの発想、フレキシブルな考え、
会社への改善策の提供を期待しているんじゃないかと思う。
書式、言葉が、常識を明らかに大きく逸するのであれば、
軌道修正が必要かもしれない。
しかし、常識の範囲で考えて、
特におかしくないような言葉の使い方、
レポートの構成を根本から直し始める課長の意図がよくわからない。
課長の許容する言葉の使い方、レポートの構成というのは、
非常に狭いものなのか。
そうであれば、それを半分強制される部下は、
非常にかわいそうなことになる。
自分の思っていることの主張が非常に難しくなると思う。
もっと、個性を重んじてほしい、
書式、言葉にあまりに細かくなるようなことではなく、
内容の重きにもっと気を向けて欲しい。
会社として、もっと度量ある、
新人のフレキシブルな意見も受けてくれるような
態度を期待していた、というより
てっきり受けてくれるものかと思っていたが、
それを会社に提出することすらできず、
細かい課長でとめられてしまうことが
とてもかなしい。
その人が、この会社で重要な立場にいることも、
かなしい。
会社を本気でやめようかと思った。
課題は、社内業務における改善策。
前前から課長に提出しておいたんだけど、
昨日になって、直前のだめだし。
しかも、レポートとは、という根本の部分からのだめだしで、
レポートは根底からやりなおし。
同期もいっしょ。
しかも、同期は帰国子女だから、
日本語が、課長に言わせると間違っている(?)らしく、
言葉の使い方のだめだし。
一文一文じっくり見られ、
この単語はどう言いかえられるのか、ということを
延々言われたそう。
同期は帰国子女で、英語がぺらぺら。
しかも、発想もかたくるしくなく、実に柔軟。
そういう部分をかっている様子は課長には全く見られず、
むしろ日本語がおかしい、とか
漢字読めるの?といった半分差別のような考えを
課長は持っている気がする。
同期の個性をつぶしてしまっていると思う。
確かに、損保の一般職で、事故を解決する仕事には、
帰国子女の持つ、英語が話せる能力や、
フレキシブルな発想はあまり直接的には関係ないかも。
はっきり、端的に物事を話す姿勢は、仕事に多いに役立っているとは思うけれど。
とにかく、課長はだめだしばかり。
部下をつぶす。
鞭だらけで飴なし。
もっと、優秀な人を上手に使うことができないのか。
そんな課長は、なぜか出世頭なんだって。
周りの人達は、今までになく厳しい課長って。
みんな嫌ってる。
私の会社、世間的には一流の大きな会社なんだけれど、
課長の古臭い、画一的な発想にはうんざり。
だって、レポートなんて、
各個人の意見、書式で個性を重んじて書くべきと思う。
周りの人と同じように、という発想で書くものじゃない。
課長のだめだしは、私と同期のレポートを根本からだめだしし、
言葉の使い方から見なおすようにとのことだった。
構成も全く違うものに、との要求。
会社は、決して課長の書式、発想、言葉でのレポートを望んでいるのではないと思う。
もしも、そうならば、管理職にレポート作成を課しているだろう。
あえて、入社2年目の新人にレポートを課しているということは、
もちろん勉強のためでもあるわけだとは思うけれども、
新人ならではの発想、フレキシブルな考え、
会社への改善策の提供を期待しているんじゃないかと思う。
書式、言葉が、常識を明らかに大きく逸するのであれば、
軌道修正が必要かもしれない。
しかし、常識の範囲で考えて、
特におかしくないような言葉の使い方、
レポートの構成を根本から直し始める課長の意図がよくわからない。
課長の許容する言葉の使い方、レポートの構成というのは、
非常に狭いものなのか。
そうであれば、それを半分強制される部下は、
非常にかわいそうなことになる。
自分の思っていることの主張が非常に難しくなると思う。
もっと、個性を重んじてほしい、
書式、言葉にあまりに細かくなるようなことではなく、
内容の重きにもっと気を向けて欲しい。
会社として、もっと度量ある、
新人のフレキシブルな意見も受けてくれるような
態度を期待していた、というより
てっきり受けてくれるものかと思っていたが、
それを会社に提出することすらできず、
細かい課長でとめられてしまうことが
とてもかなしい。
その人が、この会社で重要な立場にいることも、
かなしい。
会社を本気でやめようかと思った。
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